ルカによる福音書17章 からし種一粒ほどの信仰

投稿者: アブラハム・リー on .

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ルカによる福音書17章 からし種一粒ほどの信仰

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信じることは、人間にとってとっても重要な生活習慣です。社会のシステムは、マスコミをはじめ、人不信を作り出しています。テレビのニュースなどを見ると、信じられない事件などが報道されています。しかし、それ以外に、もっと素敵な、人に優しく良い出来事はいくらでもあります。ある割合の少ない、衝撃の強い事件を見続けるうちに、不信感というものは生まれます。

しかし、この聖書の箇所では、小さい信仰が奇跡を生み出すことの出来る大事な考え方であることがわかります。

もし、すべてのことを疑うとすると、その人は生きてられません。例えば、自分を産んでくれた母が本当に自分の母であるかとか、病院に行って、お医者さんに対する不信などがあるとしたら、出された薬などを飲むことも難しくなります。レストランに行って食事を注文はするが、何が入っているかわからないため、食べるのに勇気が要ります。飛行機に乗るときも、これが落ないかを心配するとしたら、怖くなります。

両親への信頼、医者への信頼、また、近代のテクノロジーなどに対する信頼がなければ、生活に大きな支障を生じます。

目に見えない神様への信仰は、人間お理解を超えています。信仰は、聞くことから始まり、聞くことは神様の御言葉からです。このように、聖書を身近において、常に読み、親しむことから、信仰が生まれます。

聖書は、信じる相手に関して説明してくれます。また、人間が生きるべきスタンダード(基準)を提示し、生活のマニュアルとして使えます。

何が正しいかを調べるとき、聖書はズバリ語ってくれます。

辛だねは、一番小さい種の一つです。このような小さいな信仰が、考えを超えた大いなる業を起こします。

自分の考えを超えた働きの元は、神様への信仰です。

ゴスペルハウス
アブラハム・リー



Luk 17:1 イエスは弟子たちに言われた、「罪の誘惑が来ることは避けられないしかし、それをきたらせる者は、わざわいである。
Luk 17:2 これらの小さい者のひとりを罪に誘惑するよりは、むしろ、ひきうすを首にかけられて海に投げ入れられた方が、ましである。
Luk 17:3 あなたがたは、自分で注意していなさい。もしあなたの兄弟が罪を犯すなら、彼をいさめなさい。そして悔い改めたら、ゆるしてやりなさい。
Luk 17:4 もしあなたに対して一日に七度罪を犯し、そして七度『悔い改めます』と言ってあなたのところへ帰ってくれば、ゆるしてやるがよい」。


Luk 17:5 使徒たちは主に「わたしたちの信仰を増してください」と言った。
Luk 17:6 そこで主が言われた、「もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、この桑の木に、『抜け出して海に植われ』と言ったとしても、その言葉どおりになるであろう。
Luk 17:7 あなたがたのうちのだれかに、耕作か牧畜かをする僕があるとする。その僕が畑から帰って来たとき、彼に『すぐきて、食卓につきなさい』と言うだろうか。
Luk 17:8 かえって、『夕食の用意をしてくれ。そしてわたしが飲み食いをするあいだ、帯をしめて給仕をしなさい。そのあとで、飲み食いをするがよい』と、言うではないか。
Luk 17:9 僕が命じられたことをしたからといって、主人は彼に感謝するだろうか。
Luk 17:10 同様にあなたがたも、命じられたことを皆してしまったとき、『わたしたちはふつつかな僕です。すべき事をしたに過ぎません』と言いなさい」。


Luk 17:11 イエスはエルサレムへ行かれるとき、サマリヤとガリラヤとの間を通られた
Luk 17:12 そして、ある村にはいられると、十人のらい病人に出会われたが、彼らは遠くの方で立ちとどまり、
Luk 17:13 声を張りあげて、「イエスさま、わたしたちをあわれんでください」と言った
Luk 17:14 イエスは彼らをごらんになって、「祭司たちのところに行って、からだを見せなさい」と言われた。そして、行く途中で彼らはきよめられた
Luk 17:15 そのうちのひとりは、自分がいやされたことを知り、大声で神をほめたたえながら帰ってきて
Luk 17:16 イエスの足もとにひれ伏して感謝した。これはサマリヤ人であった
Luk 17:17 イエスは彼にむかって言われた、「きよめられたのは、十人ではなかったか。ほかの九人は、どこにいるのか。
Luk 17:18 神をほめたたえるために帰ってきたものは、この他国人のほかにはいないのか」。
Luk 17:19 それから、その人に言われた、「立って行きなさい。あなたの信仰があなたを救ったのだ」。


Luk 17:20 神の国はいつ来るのかと、パリサイ人が尋ねたので、イエスは答えて言われた、「神の国は、見られるかたちで来るものではない。
Luk 17:21 また『見よ、ここにある』『あそこにある』などとも言えない。神の国は、実にあなたがたのただ中にあるのだ」。
Luk 17:22 それから弟子たちに言われた、「あなたがたは、人の子の日を一日でも見たいと願っても見ることができない時が来るであろう
Luk 17:23 人々はあなたがたに、『見よ、あそこに』『見よ、ここに』と言うだろう。しかし、そちらへ行くな、彼らのあとを追うな。
Luk 17:24 いなずまが天の端からひかり出て天の端へとひらめき渡るように、人の子もその日には同じようであるだろう
Luk 17:25 しかし、彼はまず多くの苦しみを受け、またこの時代の人々に捨てられねばならない。
Luk 17:26 そして、ノアの時にあったように、人の子の時にも同様なことが起るであろう
Luk 17:27 ノアが箱舟にはいる日まで、人々は食い、飲み、めとり、とつぎなどしていたが、そこへ洪水が襲ってきて、彼らをことごとく滅ぼした
Luk 17:28 ロトの時にも同じようなことが起った。人々は食い、飲み、買い、売り、植え、建てなどしていたが、
Luk 17:29 ロトがソドムから出て行った日に、天から火と硫黄とが降ってきて、彼らをことごとく滅ぼした
Luk 17:30 人の子が現れる日も、ちょうどそれと同様であろう
Luk 17:31 その日には、屋上にいる者は、自分の持ち物が家の中にあっても、取りにおりるな。畑にいる者も同じように、あとへもどるな。
Luk 17:32 ロトの妻のことを思い出しなさい
Luk 17:33 自分の命を救おうとするものは、それを失い、それを失うものは、保つのである。
Luk 17:34 あなたがたに言っておく。その夜、ふたりの男が一つ寝床にいるならば、ひとりは取り去られ、他のひとりは残されるであろう。
Luk 17:35 ふたりの女が一緒にうすをひいているならば、ひとりは取り去られ、他のひとりは残されるであろう。〔
Luk 17:36 ふたりの男が畑におれば、ひとりは取り去られ、他のひとりは残されるであろう〕」。
Luk 17:37 弟子たちは「主よ、それはどこであるのですか」と尋ねた。するとイエスは言われた、「死体のある所には、またはげたかが集まるものである」


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